大人になってからは、そう見られなくなったけれど
「人見知りだよ」と話すと、今では「そんな風には見えない」と言われることがあります。
友達からも、人見知りだと思われていた時期はあったようですが、それでも「そんな風には見えないね」と言われていました。一方で、親からは、ずっと人見知りだと思われていたのではないかと思います。
今日は、そんな僕が子どもの頃、どんなふうに人見知りだったのかを振り返ってみます。
お客さんが来ると、親の後ろに隠れていた
子どもの頃、家にお客さんが来ると、僕は2階に上がって自分の部屋に行っていました。
お客さんの前に出ていくよりも、そこから離れていたかった。親の後ろに隠れたいような感覚もありました。
自分でも、どうしてそうなるのかはよくわかりませんでした。ただ、そういう反応は、何か特別な出来事があったからというより、生まれ持ったものなのではないかと思っていた記憶があります。
人と話したくないというより、知らない人がいる場所に自分から入っていくことができなかったのだと思います。
家では、一人で遊ぶ時間が多かった
当時住んでいた家は、製糸工場の中にありました。工場の中に事務所があり、その隣に、管理をする人のための家があったのです。親が製糸工場の管理の仕事をしていたため、何かあったときにすぐ対応できるよう、そこに住んでいました。
そのため、友達が気軽に遊びに来られるような家ではありませんでした。家に帰ると、一人で遊ぶことが多かったと思います。
兄弟はいましたが、年が離れていたので、同じような感覚で一緒に遊ぶことはできませんでした。そこで、壁にボールを投げて遊んだり、ローラースケートをしたり、動物と遊んだりしていました。
野球の実況中継を見ながら、壁にボールを当てることもありました。
ピッチャーになったつもりでボールを投げ、転がったボールを自分で内野手として取り、送球して一塁でアウトにする。そうやって、試合を一人で最初から最後まで進めていくのです。
一人で遊んでいるのですが、その中では何かになりきっていました。実況中継に合わせながら、自分の中で試合をつくっていたのだと思います。
人前が苦手でも、歌ならできた
人前に出ることが苦手だった一方で、歌うことは好きでした。
新幹線の中で、マイクを持って歌いながら、車内の通路を歩いたことがあります。おじさんやおばさん、お子さんやおばあさんが聞いてくれて、「歌が上手だね」と声をかけてくれました。そして、100円をプレゼントしてくれたことも覚えています。
普段なら、人の前で何かをすることに戸惑っていたはずです。それでも、マイクを持って歌うことならできた。
人見知りというのは、いつでも、どんな場面でも同じように表れるものではないのかもしれません。僕の場合は、歌というものが間にあると、人前に出ることができました。
動物と過ごした時間
家では、いろいろな動物を飼っていました。猫もたくさんいました。
その中の一匹を連れて、製糸工場の中や、事務所の裏、工場の周りにある場所、田んぼなどへ行って遊んでいました。動物が好きだったのです。
人と接することには時間がかかっても、動物とは一緒にいられる。壁にボールを投げたり、動物と遊んだりしながら過ごしていた子どもの頃の時間は、僕にとって自然なものでした。
振り返ってみると、誰かと話すことだけが、遊びや楽しさのすべてではありませんでした。一人でできることや、動物と過ごすこと、何かになりきって遊ぶことの中にも、自分の世界がありました。
学校では、わかっていても手を挙げられなかった
学校へ行くと、とにかく人前で話すことが苦手でした。
先生が言っていることはわかります。答えがわかっていることもあります。それでも、手を挙げて発表するとなると、どきどきしました。
わかっているけれど、どきどきする。だったら、なるべく言わないほうがいい。そんなふうに考えていました。
積極的に発表する子がいると、「その子に任せればいい」というような感じで、自分から発表することは避けていたと思います。
これは、話す内容がなかったということではありません。わかっていることを、人前で言うことが難しかったのです。
新しい環境では、さらに話せなくなった
引っ越しをして、新しい学校へ行ったこともありました。小学校4年生のときと、高校のときです。
まったく違う新しい環境に行くと、人見知りのスイッチが入るような感覚がありました。周りの人と話せなくなり、ときには一言も話せないような状態になりました。
周りの人は、自分のことをどう思っているのだろう。何を言えばいいのだろう。どうやって話せばいいのだろう。
話せる人から見たら、「そんなことで悩んでいるのか」と思うかもしれません。でも、知らない人ばかりの場所では、何を言っていいのかがわからない。その不安があって、言葉が出てこないのです。
だから、とりあえず黙っている。ニコニコしながら黙っている。話しかけられたら、「そうだね」と一言返す。そのくらいでした。
慣れるまでには、時間が必要だった
新しいクラスは、4月から始まって3月まで続きます。
僕の場合、4月から始まって、5月、6月、7月、8月、9月、10月、11月、12月と過ぎ、3学期に入る1月頃になって、ようやく普通に話せるようになっていきました。「あ、なんだか調子がよくなってきたな」と感じる頃には、もう一年が終わろうとしているのです。
そして、また4月になると新しい環境になる。
転校して2年目になれば、慣れるまでに1月頃までかかることはありませんでした。それでも、本当に新しい環境になると、慣れるには時間が必要でした。
今の自分だけを見ていると、子どもの頃の僕が、家にお客さんが来ると親の後ろに隠れ、人前で話すことを避け、新しい場所では一言も話せないようになっていたことは、想像しにくいかもしれません。
けれど、もともとは、そんな人見知りでした。
人見知りだった自分を振り返ると、話せなかった時間も、一人で遊んでいた時間も、歌なら人前に出られたことも、全部ひとつながりの記憶として残っています。












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