悩みを、ただの苦しさで終わらせない
今日は、悩みを宝物に変えるということについて書きたいと思います。
人間である以上、悩みをひとつも持たずに生きている人は、ほとんどいないのではないでしょうか。悩みは次から次へと現れ、完全になくなるものではないように感じます。
悩みがあることで夜も眠れなくなったり、体調を崩したりすることもあります。ときには、とても悲しい出来事につながることもある。だから、「悩みなんて考え方次第だ」と簡単に言うことはできません。悩みの渦中にいるときは、それほど苦しいものです。
一方で、同じ出来事であっても、少し違う角度から見直すことによって、その悩みが自分にとって大切なものへ変わっていくこともあります。
私自身、以前は人前で話すことが得意ではありませんでした。その悩みが、後になって自分の願望や行動につながっていった経験があります。
数学の先生として始まった、人前で話す仕事
私は学校の教員として、中学校の数学の先生から仕事を始めました。
もともと、人前でまったく話せなかったわけではありません。ただ、授業の中で自分から手を挙げて発表するようなタイプではありませんでした。友達と一緒にいるときも、自分が中心になって話し続けるというより、どちらかといえば、話を聞いている側だったと思います。
そんな自分が、仕事として人前で話し、数学を説明することになりました。
今は原稿がなくても話していますが、当時は何か手元にないと話せませんでした。参考になるものを横に置き、ときどき確認しながら話したり、黒板に書いたものを見ながら説明したりしていました。今振り返ると、説明もたどたどしかったのではないかと思います。
授業を重ねるうちに、少しずつ慣れてきました。けれども、慣れてきたと思った頃に、自分の苦手な部分を改めて知らされる出来事がありました。
一本の電話で、悩みがはっきりした
中学校では定期テストがあります。テストが終わったあと、生徒たちは早く帰り、先生たちは採点をしていました。
そんなとき、学校に電話がかかってきました。私が電話に出ると、相手は名前を名乗りませんでした。女の子の声で、「私は先生の数学の授業を受けています。一生懸命聞いているけれど、わかりません。本当に困っています。何とかしてください」と伝えてきたのです。
その電話からは、先生の授業を責めようとしているというより、本当に一生懸命やっていて、それでもわからず、困っている様子が伝わってきました。学校に電話をすること自体、きっと勇気が必要だったのだと思います。それでも、何かをしなければ変わらないと感じて、直接電話をしてきたのではないでしょうか。
その話を聞いて、私にも思い当たるところがありました。
自分は人前で話すことが、もともと得意ではない。説明も、十分にできていないのかもしれない。そのことを、改めて突きつけられたように感じました。
電話をくれたのは一人の生徒でした。しかし、実際には同じように困っている子が、ほかにもいるかもしれない。そう思うと、その子のためだけではなく、周りにいる子どもたちのためにも、自分が話し方や伝え方を磨いていく必要があると考えるようになりました。
苦手を消すのではなく、磨く方向を探す
その悩みは、一日で変えられるものではありませんでした。だからこそ、忘れないように心に置きながら、どうすれば克服できるのかを考えました。
まずは、周りにいる先輩方の授業を見ました。どのような話し方をしているのか、どう説明しているのかを学びました。そして、いきなり高いレベルを目指すのではなく、そのときの自分にできる範囲で、少しずつ変化をつくろうとしました。
授業で教科を教えるだけでなく、朝や帰りの時間に話す内容も、伝え方の練習にしました。日頃のさまざまな体験の中から、子どもたちに話せるものはないか探すようになりました。自分が面白いと思ったことを、教育的な内容と絡めて伝えられないかと考えたのです。
そのなかで、自分が面白いと思ったものを、少し劇のようにして話すことが自分には合っているとわかりました。登場人物になりきってみたり、ジェスチャーを入れたり、声のトーンを変えたりする。普通に話すだけでは伝わりにくいものも、工夫を加えると、子どもたちに届くことがありました。
すると、「話すことが苦手だ」という自分のイメージにも、少しずつ変化が生まれました。
苦手意識が完全になくなったわけではありません。ただ、こういう話し方なら、自分にもできるかもしれない。そう思える場面が増えていったのです。
悩みが、願望の形になっていく
中学校の一年生を担当したあと、小学校でも働きました。学年が変われば、子どもたちの反応も変わります。さまざまな年齢の子どもたちに話すなかで、話し方のバリエーションや、自分の引き出しが増えていきました。
最初は、紙や参考になるものがなければ話せなかった自分が、少しずつ、話し始め方や声のトーンを工夫するようになりました。完璧に話すことよりも、聞いている人にとって面白いか、わかりやすいかを考えるようになったのです。
あの電話がなければ、ここまで自分の話し方に焦点を当てて、磨いていなかったかもしれません。
当時は、ただ「自分は説明が下手なのではないか」という悩みでした。しかし、その悩みを忘れずに、自分に足りないものを考え、できることを試していくうちに、少しずつ目標のような形になっていきました。
もっとわかりやすく話したい。子どもたちに楽しんでもらえるように伝えたい。その思いが、日々の行動につながりました。
そして今、「話し方が上手ですね」「面白かったです」と言ってもらえることがあります。そのたびに、あのときの電話を思い出します。以前は悩みだった出来事が、今では、自分にとって大切な思い出であり、宝物になっています。
嫌な気持ちを無理に消さなくていい
悩みが出てきたとき、すぐに前向きになれなくてもいいと思います。落ち込んだり、不安になったり、嫌な気持ちになったりするのは、人間として自然なことです。
大切なのは、落ち込んだまま自分を決めつけないことではないでしょうか。
「自分はもうだめだ」と悩みを固定するのではなく、少し時間が経ってからでもいいので、別の角度から見てみる。これは、自分に何を教えようとしているのだろう。ここから何を磨けるだろう。今の悩みを、どんな願望や目標につなげられるだろう。
そう問い直すことで、悩みの見え方が変わることがあります。
もちろん、すべての悩みが同じように良い形へ変わるとは言えません。悩みの種類によっても違います。ただ、私自身の経験では、悩みを別の角度から見ることで、気持ちが少し楽になり、その出来事が成長のきっかけになりました。
悩みの状態から、理想の状態を考える。そして、その状態に近づくために、できることをひとつずつ試す。願望実現という言葉を使うなら、私にとってそれは、悩みを無理に消すことではなく、悩みのなかにある方向を見つけることでした。
自分の人生を、自分の経験からつくっていく
悩みは、エネルギーを奪うものとして感じられることがあります。けれども、見方を変えると、そのエネルギーを、自分が目指したい方向へ使える場合もあります。
人から言われたことに傷ついたとき、そこにまったく思い当たるところがなければ、「それは違う」と受け止めるかもしれません。一方で、「確かにそうかもしれない」と感じる部分があるからこそ、悩みになることもあります。
そのときは、まず落ち込んでもいい。嫌だと思ってもいい。そのうえで、悩みを別の角度から眺めてみる。そこに成長の鍵や、次に進むための小さな目標が見つかるかもしれません。
私にとって、人前で話すことへの苦手意識は、一本の電話によってはっきりしました。そして、その出来事があったからこそ、話し方を磨き、伝え方を考え、自分なりの方法を見つけていくことができました。
悩みは、願望とは正反対にあるように見えることがあります。でも、悩みを丁寧に見つめていくと、その奥に「本当はどうなりたいのか」が隠れていることがあります。
悩みを抱えながらでも、人は人生をつくっていける。自分の経験を大切にしながら、その出来事をどのように捉え、どんな行動につなげるのかを選んでいける。
あのときの悩みが、今の自分にとっての宝物になったように、これからも自分の経験を見つめながら歩いていきたいと思います。













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